吉良星春インタビュー

interview

「すべての生きとし生けるものの命が等しく大切にされる世の中になってほしい!」 彼女が一貫してぶれないそのテーマを作品づくりにする背景には、とある体験がありました。

体の弱い幼少期

本業とは別に小磯良平画伯を師事する画家であったおじい様を持ち、幼少期に住んでいた家のアトリエや陶芸窯で、絵を描いたり、ものづくりをすることが日課だったそうですね。

「はい、生まれて筆を持てるようになってすぐ絵を描いたというユニークな赤ん坊だったようです。でも生まれつき体が弱くて外でみんなと同じように遊ぶことができず、俗にいう、いじめられっ子でした(笑)。

近所の松林や精霊が住んでいる様な祠の中、まる虫やありんこの小さな世界などの、そんなゆったりした空間で自然や生き物とおしゃべりするのが好きでした。 わたしにとって絵は心身のつらさから自分を守ってくれ、想いを自由に表現できる安全地帯だったのでしょうね。

アイディアがどんどん溢れて、たくさんのお話や漫画や絵本を描いていました。 今、その作品たちを見ると大人になった「私」より才能があふれていたかもしれないですネ。」

白馬(油絵・陶芸)7歳

白馬(油絵・陶芸)7歳

光の国で見た、命の煌き

それでは、赤ちゃんの時から今まで、ずっと順調に作画をされてきたのですか?

「いいえ…高校生になってからは、受験勉強のために両親から筆を折られ、絵を描くことができなくなりました。 高校生活の最後の年に最愛の人を事故で失い、心身ともに弱っていたのか…ある日、風邪をこじらせ倒れて脈が止まってしまい、ここではない世界へ行ってきました。」

ニコニコしながらすごい体験をお話になりますね。 すなわち天国…へ行かれたということですか?

「ハイ、そこは光のお花畑のようなところで…神様(だと感じた光)のそばで無数の光が環をつくり、ふと気づくと自分も光そのものになっていました。 光になった人間や動物たちが一緒に仲良く輝いていて、魂はみんなひとつなんだと感じました。すべての命は平等であるというとても大切なことを教えてもらった貴重な体験でした。」

その後一命を取り留め、目を覚ましてから何十年経ってもずっと鮮明に覚えているその世界。 生きものすべてが平等に優しい色で光り輝いていた記憶は、彼女がモチーフとしている動物や絵の表現にいまでも大きな影響を与えているそうです。

紙芝居「ひかりのくにがおしえてくれたこと」より

紙芝居「ひかりのくにがおしえてくれたこと」より

1999年、中国でパンダの里親に

臨死体験のあと、生きものの命について深く考えるようになった星春さんは、 世界中で絶えない動物虐待や密猟、ペットブームで増え続けていた殺処分に心を痛め、動物たちのために何か自分にできることはないだろうかと考えていたそうです。 1989年には保健所で殺処分されていく犬たちを取材するも、自分の無力さを感じるばかり。

そんな中、1999年の初個展での売り上げを絶滅危惧種のジャイアントパンダの保護に充てたいと考えていたところ中国に里親制度があることを知り、すぐに四川省パンダ保護センターを訪れ、その年に生まれたばかりのパンダ「曄*曄(イエイエ)」の里親になり養育費という形での毎年の寄付をはじめます。 「みんなが大好きなパンダが直面している事実を知ってもらうことで、たくさんの生き物へ優しい思いを馳せてもらえるかも…」という一心で“パンダ作家”として歩みだしました。

1999年曄*曄と

1999年曄*曄と

半年後もう大きくなりました

半年後もう大きくなりました

大人になった曄*曄と

大人になった曄*曄と

イエイエという名前は保護センターでも正式な名前だそうですが、星春さんが名付けたのですか?実際にパンダと触れ合ったことはその後の画家人生に何かもたらしましたか?

「そうですね、大きく私の人生が変わった瞬間だったかもしれません。イエイエの漢字「曄*曄」は「キラキラ輝く」という意味があり、名付けました。 生後2ヶ月の小さなイエイエを腕に抱かせてもらった貴重な体験は、ふわふわの手触りや甘い香りが、愛しく尊い命の大切さをいつも思い出させ、“動物画家”となった今でも動物たちを描くときのエッセンスになっています。

現在は、里親や観光客の数が増えたことやSARSの流行などから赤ちゃんパンダに触れることはできないので、とても貴重な体験をさせて頂いたと思っています。 イエイエは今は半野生化計画に入れられ自由に逢うことができなくなりました。とても寂しいですが、時折ナショナルジオグラフィックなどで彼女が逞しく半野生の中で子供を育てている写真を見て、頑張っているんだって心がキュッとなりながら応援しています。

一時は絶滅危惧種になるまで野生のパンダの数が減る原因に人間は大いに関係していて、可愛いだけではないパンダの現状をたくさんの方に知ってもらって保護に興味を持っていただけたら嬉しく思っています。」

TERREとの出逢い

それから15年ほどがたち、彼女のもとにペットショップで売れ残り処分寸前だった1匹のビションフリーゼがSOSを送ります。そのドラマみたいな出逢いを星春さんは絵本に執筆中なんですよね。この出逢いをもとにペットたちのことも伝えたいとおっしゃってましたね。

なんて名前のワンちゃんなんですか?

「地球を意味する「TERRE」(テール)と名付けました。
生後11カ月まで外に出してもらったことがなくお日様を見たことがなかったので、これからは地球をいっぱい堪能して、この世に生を受けたことを幸せだと思ってくれるように育てたい!という願いをこめて。ちっちゃな心についた傷はだんだんと癒され来てくれて、今は甘えん坊のおちゃらけワンコになって私のことを支えてくれているかけがえのない存在です。

なんだか吉良さんと似てますね。

よく言われます(笑)

TERREと

作品を作る原動力 1
展覧会での出逢い

そのほかにも、作品を作るうえで原動力となっているエピソードはありますか?

「一番最初に参加した合同展の出来事なのですが、絵を見に来られた老夫婦がおられて。 奥様はとても気持ちが落ち込まれてたのですが、ご主人様が作品展を見に行こうとお誘いになって来られたそうでした。ご主人様に『家内はあなたの絵に深く感動して、『生きててよかった』と笑ってくれた。』と仰っていただき、奥様は目に涙を浮かべて握手をしてくれたんです。

こんな自分でも、だれかを絵で元気にすることができるんだと反対に勇気を戴き、今につながっています。」

作品を作る原動力 2
トーベ・ヤンソンさんからのメッセージ

素敵なエピソードですね。 そういえば、ムーミンの作者さんからのお手紙も宝物だとおっしゃってましたね。

「そうなんです。体調が優れなくて悩んでいたころ、ご縁があってムーミンの作者のトーベ・ヤンソンさんと文通する機会に恵まれたんです。お手紙の中の応援メッセージやユーモアに富んだキュートな表現に触れ、元気をいただきました。また、努力を惜しまず自然への畏敬や愉しみも忘れないその姿勢に大変感化されました。天国からもがんばりなさい!って応援してくださってるような気持に勝手になって、お尻をたたいてもらってます。

どちらのエピソードも、くじけそうになった時、わが子イエイエやテールの存在と同じように、絵を続けていく勇気をくれる大切な想い出の宝物です。」

ご縁

星春さんは、2012年~神戸北野にて、きらあかりアーティストショップを開店し、多忙のためお店を閉じる2017年まで約6年間全国・世界各国のお客様と触れ合うことができました。今でもその時のお客様たちとのご縁は続いています。

「絵を通して、たくさんの良きご縁に恵まれたことに心から感謝して、 そのご恩返しとして生き物たちの保護のために少しでもお役に立てれば嬉しいです。」

現在、日本画・水彩画・火筆のほかに表現方法として増えたのが、アニマルカービングだそうですが、どのようなものなのですか?

「木を削って、動物の形にしていき、やはり削ったり焼き鏝で毛並みを細かく表現します。その後、絵の具で色彩をつけ、細かい描写をしていきます。 木とは思えない柔らかさを出すことが楽しく、温かい命を表現していきたいと思っています。」

彼女のもとには不思議なことに時々木や動物もイメージを送ってきてくれることがあり、それが知りえない真実だったりして最初は驚いたと言います。 「このヒトはどちらかといえば人間じゃなくて動物寄りだと見抜かれてるのかも… 」と吉良さんは笑います。

「生き物たちは人間よりも色んなことを知っているすごい存在だと思っています。 人間界で生きるのはチョット不器用な私ですが、これからも日々精進していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。」